宮古島観光情報
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宮古神社とは
宮古創世神話の舞台「漲水御嶽」のすぐ近所、たくさんの史跡が集中する地区にあります。
祭神は熊野三神(伊弉冉尊、速玉男尊、事解男尊)、豊見親三神(目黒盛定政命、與那覇恵源命、仲宗根玄雅命)です。一時期戦災のため漲水御嶽に同居していたことがありますが、2010年に現在の地に戻りました。
沖縄県では神社本庁包括下の神社が10社ありますが、沖縄本島以外にある神社としては唯一ここだけ。日本最南端の神社です。
もちろん宮古島では唯一です。沖縄県の神社本庁包括下以外の神社はほとんど琉球神道の神社です。
そして、「通り池」「ヌドクビアブ」とともに「宮古神社」は宮古島の3大パワースポットの一つと言われています。
宮古神社の行き方
平良港そばにあるので交通はとても便利です。
アクセス方法
◆バス
宮古空港 → 市役所前 宮古協栄バス2番協栄車庫行き乗車→約13分→下車後徒歩約4分
◆車
県道78号線を北上、平良港手前。駐車場があります。
宮古神社の詳細
神社とは言っても、青い空を背景に赤瓦の屋根に石造りの建物。前庭の芝生、狛犬が控える社殿はカラフルでいかにも沖縄風です。
参拝された方はぜひ見てほしいところがあります。入り口から本殿に至るまでの狛犬は2組4頭控えています。
彼らは狛犬というよりは狛シーサーというほうが適当な姿に見えます。手水舎の柱のもとに控える竜の姿もぜひ見てください。龍に守られる宮古島をみなに見せてくれているのです。
沖縄の神社の大半は一般の参拝者が訪れることができないのですが、宮古島では唯一、本土のように気楽に(沖縄と比較して)参拝できる神社が宮古神社です。
地元の人たちは、子どものときから、神社には近づかないように教えられているそうです。
宮古権現堂の建立
1590年(天正18年)、平良大首里大屋子が海難に遭って漂流したが8年後に帰島できたことを神に感謝し、沖縄本島の「波上宮」より熊野三神を勧請し、宮古権現堂を建立しました。
1611年(慶長16年)、琉球王府が瓦葺の社を造営し、これを「宮古熊野三所大権現」としました。
町社・宮古神社の創建
1925年(大正14年)に豊見親二柱(與那覇恵源命 及び仲宗根玄雅命)を祭る町社・宮古神社が創建されました。
新・宮古神社の建立
1941年(昭和16年)に紀元二千六百年記念事業として、宮古権現堂を宮古神社に改称、町社・宮古神社を合わせて、1944年(昭和19年)に新・宮古神社へ遷座が行われました。
その後に戦災で炎上し、漲水御嶽に祭神を一時遷祀しました。戦後には神殿屋根に十字架が掲げられ、キリスト教の布教拠点となった時期もあります。
1956年(昭和31年)、目黒盛定政命を増祀し、1980年(昭和55年)、老朽化した本殿、拝殿を再興し、さらに、2010年(平成22年) 現在の境内地に再建されました。
建物はまだ新しく、きれいな神社です。本殿はヒノキ造り、屋根のてっぺんにはなんと鴟尾が上がっています。内地の神社と沖縄のスタイルが融合したデザインがいい感じです。
宮古神社付近の施設
漲水御嶽 漲水御嶽(ハリミズウタキ)
宮古島市の平良にある御嶽です。島内最高の霊場として、パワースポットとして、島の人々の信仰を集めています。
祭神は古意角(コイツノ)と姑依玉(コイタマ)の男女二神です。ここは宮古島の多くの神話と伝説の舞台になっています。
御嶽という名称は宮古が琉球王国の支配に入って以降使われているものですが、漲水御嶽は、それ以前から信仰を集めている聖地です。 宮古島で唯一「足を踏み入れることができる」御嶽です。
仲宗根豊見親の墓
漲水御嶽の近くに石垣島でのオヤケアカハチの乱(1500年)を平定したことで知られる仲宗根豊見親の墓があります。
宮古神社祭神の豊見親三神のうちの一柱、仲宗根玄雅命のことです。 宮古島を代表する石造墳墓で、国指定の史跡です。
漲水海岸を見下ろす斜面の上にあり、その前面は13段の階段状の石組み、その上に7個の立石が並べています。宮古独自のミャーカ式から横穴式に移る中間の様式で、本島にはない形式です。
宮古一巨大で高度な石造建造物です。 平良港から歩いて3分です。
宮古神社の詳細
所在地 |
沖縄県宮古島市平良字西里5-1(MAPで見る) |
アクセス |
宮古空港から車で14分 |
駐車場 |
あり |
トイレ |
あり |
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